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屏風岩とは?/ レイク

[ 471] 屏風岩東壁・雲稜ルート
[引用サイト]  http://kkac.x0.com/chronicle/byobu2005/byobu0510.htm

紅葉が美しい穂高岳の屏風岩、その中の名ルート「雲稜ルート」に柳瀬と行くことになった。岩田は雲稜は30年?振り二回目、柳瀬は始めての屏風岩である。
今にも雨が降り出しそうな中、観光客で一杯の上高地を出発、途中から雨が本降りになり、横尾のトイレのひさしの下で雨が弱くなるのを待ち、テントを設営する。今日はT4のテラスでビバークの予定であったが、この雨ではどうしようもないので早く寝て、明日早く出発することにする。
起きて空を見ると星が出ている! パンにチーズとスープのビバーク食を食べ、ヘッドランプを点けて直ぐに出発する。
横尾谷を渡渉する地点に着いた時、夜が明けてきた。渡渉地点を探すも飛び石伝いには行けそうにない。冷たいけど裸足になって水に入るも、以外に深くパンツはお股まで濡れてしまった。
T4尾根取り付きに着くと、先行パーテイが登り始めている。我々も登攀をスタートすると、後続パーテイーの6人が登って来た。東京のガイドとお客さんのパーテイ達でガイドは猛スピードで我々を追い立てて来る。
4P目、いよいよ問題のボルト・ラダーである。リングボルトのリングが無く、4mmの古いシュリンゲが掛かっているやつや、リングがあっても伸び切っているやつばかり。ショックをかけないように慎重に登る。途中ペツルが2本ありそこだけホッとする。ルート図ではハング下のバンドがビレー地点だが、バンド下3m地点のビレーポイントでビレーする。もう、こんなピッチは二度とリードしたくないと思った。1本切れたらどこまで落ちるやら・・・。(A1・35m)
9P目、いよいよ最終P、草付階段の凹角でルート図ではII級となっている。しかし、上部の草付は落ちて、脆い濡れた岩が露出していて結構悪い。ランニングビレーを取っていないので、ここで落ちたら50mは転がり落ちるであろう。非常な緊張を強いられて終了点に這い上がる。ガイドさんがルート上部で、落石事故があったと話していたが、ここのことであろう。現在はここまで登らず、途中で下降するのが一般的らしい。
終了したのが16時15分、ここから懸垂下降で降りることも考えたが、神経をずいぶんすり減らしたので、より安全な屏風の頭越えで歩いて下山することにする。しかし、稜線に出るのにも、ロープを出す所が数箇所あり時間が結構かかる。18時屏風の頭到着。涸沢の灯りがきれいだ。今頃美味しい夕食を食べているんやろうなあと、考えながらヘッドランプを点けて先を急ぐ。しかし、屏風の肩からの下りで道をはずしてしまい、藪を漕いで小ピークに出ると、そこは3ツの遭難碑が立つ場所であった。道を探すも不明瞭で分からず、ビバークすることに決定。(19時15分)快適とはお世辞にも言えない窪地にツエルトを張りもぐり込む。メタで少しの紅茶を温め、非常食を一口食べて雨具を着込んで早々と寝る。(シュラフカバーは無し)風は強いがそんなに寒くはない。朝方、少しガタガタ来たが、まあまあよく眠れた。
昨日の疲れか起きたのが6時、紅茶を一口とバウムクーヘン一欠片食べて出発。昨夜は最低コルへ降りる道を曲がらず、誤って直進してこのピークに来たらしい。遭難碑は大阪の某山岳会のであった。登山道に戻り最低コルから、横尾谷へ直接降りるため藪に突っ込む。約50分で登山道に出合い、沢山の登山者を追い抜いて(約100人)横尾のテントまでひた走り、昨夜に飲む予定であったビールで今回の登攀成功?を祝い乾杯し、今回の山行を終えた。

 

[ 472] Heaven Site - 前穂高岳屏風岩東稜
[引用サイト]  http://homepage.mac.com/nahp/heaven/records/2005/20050917.html

屏風岩東稜はかつてガイド山行で挑み、時間切れ敗退となった因縁のルート。以来いつかはリベンジを、と意欲を燃やし続けていたのだが、おなじみSakuraiさんが「一度は屏風岩を登りたし」と手を挙げてくれて、二人で広沢寺や越沢バットレスでトレーニングを重ね、9月最初の連休にいよいよ計画を実行に移すことになった。
初日は横尾までなので沢渡の駐車場で遅寝をし、@900円の乗合いタクシーで上高地入りしたのは9時25分。思ったより人が少ないと思ったが、紅葉にはまだ早いからであるようだ。ともあれ、二人とも乾燥重量10kgのザックを背負って、横尾までの通い慣れた道を時間を気にせずのんびり歩く。ちなみに今回は、いつものパイネのアタックザックでもオスプレーのセレスでもなく、手持ちのザックの中で最も古株のミレーを背負っている。事前に用具を吟味した結果、容量と重量の兼ね合いから長らくお蔵入りしていたこいつを引っ張りだしたのだが、気のせいかザックも久々に爽やかな空気を吸って喜んでいるようだ。もちろん持ち主である私にしても、天気はいいし、時間にゆとりはあるし、おまけに今日は贅沢に小屋泊まりの予定だしで、こんなに寛いだ気持ちでこの美しい道を歩けるなんて、しみじみ幸せ。車から降りたらあわただしく急登という山もあるけれど、こうしてゆっくりと歩きながら徐々に山懐に入る気分は、やっぱり格別だ。
横尾についたのは昼前。とりあえずザックを小屋の前に置いて、明日の徒渉点を下見に行った。橋を渡って涸沢方面へ15分程も歩くと、左手に屏風岩の東壁がどーんと高く広がり、道の右手にも岩小屋が現れる。河原に積み上げられた岩の堤の上に立つと、対岸に1ルンゼの押し出しとその近くにテントが2張り見えた。水量はさほどではないものの、見たところどこも微妙に飛び渡りにくそうだったが、Sakuraiさんがうまい具合に岩を飛び渡れる場所を見つけてくれて、これで翌日の徒渉のメドもたった。
横尾の小屋に戻ってチェックイン。記帳の際に翌日の行き先を「ビョーブ」と書くと、アルバイトの女性ではなくベテランの男性が出てきて「近頃は屏風を登る人も少なくなってねぇ。」と言いながら部屋の選択やデポ品の有無などに気を使って下さった。あとは、風呂に入って汗を流し、談話室で前祝いの缶チューハイとビール、おいしい夕食。6人部屋で相部屋となったのは比較的若い4人で、男性1名+女性3名というなんともうらやましい組み合わせだった。翌日は槍ヶ岳に行くという4人と少し言葉を交わしたが、20時には皆はやばやと寝入ってしまった。
4時起床。まだ外は暗いが、小屋の中は出発の準備を始める登山者たちのたてる物音が意外に大きい。身繕いをして屋外で朝食をとってから、空がうっすらと明るくなりかけた頃に横尾の橋を渡った。昨日確認しておいた徒渉点をSakuraiさんの後からおっかなびっくり(苔?で岩が滑りやすかった。)渡ると、Sakuraiさんはテントの二人と話をしている。聞けば、二人は今日はまずフリークライミング(東壁ルンゼ上部のフリー化ルート)、さらに時間があればオープンロード(東稜のフリー化)を登るつもりなのだとか。お先に、と挨拶して我々は1ルンゼを詰めて行く。涸れた沢状の地形が高度を上げて周囲が開けだす頃にヘッドランプが必要なくなってきて、最後は草付の踏み跡を登ってすっかり明るくなったT4尾根に到達した。T4尾根を初めて見るSakuraiさんは垂直に近い壁を見上げて「……『尾根』じゃないじゃないですか。」と不平を漏らしたが、そんなこと今さら言っても後の祭だ。先行パーティーは年配の男性と女性・若者の3人組で、行き先情報を交換すると、彼らは雲稜ルートだと言う。これで3パーティーがそれぞれ別のルートを目指すことが判明し、渋滞の心配を考えなくてもよさそうだということがわかった。あとはルートファインディングさえ間違えなければ、すんなり行けるかも知れない。
3人パーティーがおそろしいスピードで登っていくのを見送ってから、我々もT4尾根に取り付くことにした。先行は私。1P目は出だしアンダーで身体を支えながら2m程登り、あとは凹角をちょっと細かいホールドに緊張させられながら登ってゆく。ビレイポイントに着いてみると、後から来たテントパーティーのリードが我々の左から一気に上へロープを伸ばしていて、そのランナーをビレイポイントのスリングからとっていたので、彼が安定したポジションに着くまでSakuraiさんに下で待機してもらった。このため、ここでテントパーティーにも抜かされることになったのだが、フリークライミングやオープンロードを登ろうというパーティーだから先に行ってもらって正解でしょう。
草に覆われたバンドの上の歩きやすい踏み跡を途中からフィックスロープにも導かれてT2に到着。ここでジャンケンをして勝った私が、偶数ピッチを選択させてもらった。4P目のすっきりしたトラバースで写真を撮ってもらいたいという下心が主たる動機だが、同時にその前後でのちょっと迷いがちなルートファインディングは一度経験がある私が担当した方がいいだろうというすこぶる真面目な理由も表向き用意してあった。
1P目:Sakuraiさんのリード。目の前の垂壁のリングボルトをアブミで直上して5m程で小ハング越え。まだ身体がアブミの感覚を思い出しておらず多少苦労していたが、ゆっくり確実に高度を稼いでゆく。ハングのすぐ上にリングボルト、続いてピトンが打ってあって、その次のボルトが2本連続してリングが飛んでおり、Sakuraiさんはここで落ち着いて3mmスリングをタイオフして突破し、15mでレッジに到着。3mmスリングは、後続の私が回収した。
2P目:私のリード。レッジ左からすっきりした垂壁をひたすらアブミの掛け替え。ボルトやピトンの間隔は近く、ほとんどが上から2段目に立ち上がれば難なく届く位置にあり、スリングで補修されているものも含めて、強度的に不安を感じる箇所はなかった。30m程登ったところのハング下にアブミビレイ用の支点があるが、次のピッチを見通せる位置で切りたかったのでそのまま左へアブミトラバースし、すぐの小レッジでペツルとリングボルトで支点を作ってぶら下がった。その直前、ワンポイントだけアブミの最上段に立ち上がる場面があって意外に安定して立てたことに自分で驚いたが、リーチに恵まれたSakuraiさんはここも上から2段目で届かせてしまう。人工登攀はやはりリーチがものをいうなぁ。なお、私がピッチを切った場所からすぐ左上にずっと安定した支点があったことに次のピッチで気づいたが、そこまで下からロープが届いていたかどうかは不明。
5P目:赤茶けた壁の残り20m。ここからは未体験ゾーンだが、残りは3ピッチだ。出だしは人工登攀で、途中からIV級程度のフリーとなり、Sakuraiさんは快調にロープを伸ばしてゆく。ここでも私がビレイした狭いレッジの少し上にもっと安定した支点があったが、スリングが補強を要する程に擦り切れかけていたところを見ると、懸垂下降時に使われている支点のようだ。
6P目:ギャップをまたぎ越してバンドを右にトラバース(III)し、つきあたりから易しいバンド状を左上。上に着いてみれば、ちょうどこのピッチのビレイ点の真上に達していた。そこにはすこぶる安定したテラスがあって、眺めは最高だしすっきりしたナナカマドの木が赤い実をつけていて、ここでのんびりお茶をしたいくらい快適な場所だった。
この時点で13時。ちょっとゆっくりし過ぎたようだ。左の壁を並走していた雲稜パーティーやフリークライミングパーティーは既に懸垂下降で下っており、我々二人だけが屏風岩の壁の中に取り残された格好だ。事前の打ち合わせでは、13時までに終了点に着けば同ルートを懸垂下降して横尾に戻り、翌日は雲稜ルートを狙うことになっていたが、タイムオーバーなので、これも予定通り屏風ノ頭経由でパノラマ新道を徳沢へ下る方針を確認し合った。
7P目:Sakuraiさんのリードで、ルート図上の最終ピッチ。顕著なピナクルを手前から越えて、垂壁をアブミの掛け替えで直上した後、短いフリー(IV)で右に回り込んでから左上。終了点に二人が揃ったのは13時40分で、登攀時間は5時間15分。後続がいないことをいいことに写真を撮りまくるなどしていたが、ルートファインディングも含めてあれこれ切り詰めればかなり時間短縮できただろう。ただ、「チャレンジ!アルパインクライミング」に書かれた2時間というのは、さすがに今の我々には無理だ。
さて、同ルート下降の場合はここから懸垂下降4ピッチだが、我々は屏風ノ頭に向かうのでさらに樹林の間にロープを伸ばす。この本当に最後のピッチは私がリードしたが、ラインがわかりにくくて往生した。途中の露岩はちょっと危なげなところもあって時間がかかり、40mあまりロープを伸ばして樹林帯の中に安定した場所を見つけ、後続のSakuraiさんを迎えるまでにさらに1時間使ってしまった。
ようやく本当の終了点。まだ下山が残ってはいるが、これで3年前の宿題を片付けられたと思うとやはり嬉しかった。パートナーになってくれたSakuraiさんには、大感謝だ。
ロープを解き、ギアをザックに納め、軽く行動食を摂ってから屏風ノ頭に続く踏み跡を進む。道は明瞭で迷いようがなかったが、ところどころハイマツに覆われてうるさい上に予想外に遠く、1時間たっぷり登って屏風ノ頭に着いたときにはすっかり消耗してしまった。それでも大きなケルンのある屏風ノ頭からの眺めはすばらしく、特に涸沢方面の見通しに恵まれたのは幸いだった。
ここで時間計算。中の湯のゲートが閉まるのは20時だから、上高地に19時半までに着けばOK。徳沢から上高地まで1時間として、18時半徳沢到着は十分射程圏内だ。がんばって下ろう!
屏風ノ耳を越えたらがんがん下るのみ(ただし、ビバークサイトのところでは急角度で右後方へ道が折れ曲がっているので注意!)。パノラマ新道に入って格段に歩きやすくなった道を飛ばし、新村橋手前の林道からヘッドランプ歩行となった。徳沢園に着いて小休止をとり自動販売機で飲み物を補給し、ついでに小屋の人に「上高地のタクシーは何時までですか?」と聞いてみたところ、返ってきた答は「ゲートが19時に閉まるので、18時半でタクシーは終わり。」。
ショックを受けた二人はしばし呆然。後で知ったのだが、ゲートの閉鎖時刻は7・8月は20時だが、9月から19時になっていたのだった。……気を取り直して徳沢園に宿泊を申し込んでみたが、既に満室とのことでNG。しかし、徳沢園のご主人があちこち電話をかけて下さって、嘉門次小屋がこの時間なのに食事付きで引き受けてくれることになった。しかも、わざわざ車で迎えに来て下さるという。いや、本当にありがとうございました。
嘉門次小屋では風呂にも入れ、食事も食べきれないほど豪勢なものですっかり満ち足りた気持ちになり、ぐっすり眠れた。小屋を出る頃には雨がぱらついていて、これでは前日横尾に下っていたとしても屏風岩は登れなかっただろうから、徳沢まで下ったのは結果的にも正解だった。
ここから後はすっかり観光客モード。明神池の穂高神社奥宮でお賽銭をあげ、人の少ない梓川右岸の自然探勝路を、潤いに満ちた景色を愛でながらゆっくり歩いた。徐々に雨も上がって、湿原の中の木道や川沿いの開けた道からは、上高地を見守るようにそびえる霞沢岳や焼岳も見上げられた。

 

[ 473] 屏風岩<ふしぎ山
[引用サイト]  http://www.sairosha.com/yama/byoubuiwa.htm

すげー、曽爾村。隔離された村。平成の大合併にも背を向け、村の自立を貫きながらの1週間バス運休。そんなところでも公職選挙法に基づいて村長選挙および村議会議員選挙が行われ、地方自治体として立派に存立しているとは。ビバ曽爾村・・・。
仕方がない。西側の室生(奈良県宇陀市)に迂回して、屏風岩だけでも登ろう。室生からは裏側ルートになり、手前にある住塚山を越えていかにゃならんけど。
断崖の麓は桜の名所として売り出し中だが、登山の対象としてはあまり紹介されていない。一ノ峰から順にいくつかのピークが連なって、恐竜の背中のような不思議な山容らしいが、登れるのかどうかもようわからん。
ここからは屏風岩も手前の住塚山も見えない。早くも腹が減ったので、3つ買ったおにぎりのうち1つを食べてから歩き始める。
そのまま東海自然歩道を歩いたら遠回りで、住塚山だけでなく国見山っちゅーのにも登らんならんことになる。
近道なほうを選んで歩き始めたが、道は地図の地形とは異なるほうへ向かっているぞ。いったん戻って慎重に踏み跡を探すが、どうしてもその道しかない。
ここからはもう国見山&住塚山を越えてゆくしかない。腹を据えてさっそく出発すると、いきなり鬼のような急登の階段道が続く。
もったいなくも下りるだけ下りたところが、当初目指した近道合流点のゼニヤタワ。たしかに宇野川橋方面はヤブに埋もれている。
本日のお目当て、屏風岩のピークの連なり(の裏側)がきれいに並んでいる。表の南面はスパーンと切れ落ちた断崖絶壁らしいが、こっちの北側はおだやかな傾斜だ。
30年前の地図によると、ここから細い点線が稜線づたいに一ノ峰と二ノ峰を越えて、三ノ峰の手前の若宮峠まで続いている。このルートが使えるかどうか、と思っていたが、正面の杉林の中にわりとはっきりした道がスーッと伸びている。しかも峠の道標に黄色いプラ板が追加され、マジックで「←屏風岩山頂」と書かれているではないの。
杉林を登るとやがて雑木林になり、しだいに岩も現われるが、けっこう歩かれているみたいで道はしっかりしている。
そろそろ断崖の上なんだろうけど、ここからだと岩は全然見えないな・・・と思ったら、10分もたたないうちにあっけなく一ノ峰の頂上に出た。
二ノ峰を越えると、道は一気に若宮峠へと下ってゆく。二ノ峰と三ノ峰に挟まれた岩の切れ目、それが若宮峠だ。こういうのを北アルプスではキレットというが。
若宮峠に出るや、正面に立つ鳥居が目に飛び込んでくる。それをくぐって、三ノ峰のほうへとしっかりとした道が続いている。
ところが峠にある道標は、長野へ下りる道やゼニヤタワへ出る道などを示すだけで、鳥居の背後の道については何の表示もない。
長野から名張へのバスは運休だが、ここから飲み物なしで出発点まで引き返すのはキツすぎる。とにかくいったん下りて、飲み物にありついてから帰り方を考えよう。
岩場以外の場所にはすべてびっしりと杉が植林されている。日本の林業は衰退したというが、すごいもんだ。しっかり間伐されているが、伐られた木はそのまま放置されている。
車道を右へ行くと、さっき一ノ峰から見下ろした桜の公園に出て、そこからは一ノ峰&二ノ峰の大岩壁の眺めがすごいらしい。
自分の故郷がこういう奇怪な山に見守られているというのは、なにか人生の安心感につながるような気がするな。俺にゃバケモノがついてるぞってね。だから1週間バス運休も仕方ない。
この時点で4時前。缶コーヒーを飲みつつバス時刻を調べると、名張へ出る三重交通バスは6時半ごろまでないが、榛原へ出る奈良交通バスが20分後にあった。

 

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